初めての磯釣りー中編ー

その声は船から発せられたのです。

「お弁当お持ちしました。釣果どうですか?駄目ですか。風の影になるところがありますから、そこの磯も空いてますよ?移動しますか?」

よかった………まだ終わっていなかった。心からそう思いました。我に返り、腕時計に目をやると、まだ午前10時を少しまわった頃。私の中で消えかけていた、夢とか希望とかそんなものが、再び燃え上がりました。初めから夢を見なければ…………希望など抱かなければ、絶望することもないのに。こんな思いをするくらいなら、私は二度と、期待などしない……….そう誓ったはずなのに。
せっかく与えられた蜘蛛の糸。掴まずにはいられません。しかし、人というものはいざ選択肢を与えられると躊躇するもの。人は「変化」を恐れるものですから。様々な考えが頭をよぎりました。

ここまで粘ったのにリセットするの?撒き餌をこんなに撒いたのに。やっと魚が集まってくるころじゃないの?でもウキは沈まない。ここでは釣れないのかも。せっかくいろいろセッティングしたのに。奇跡とか魔法があれば。今まで消費してきた撒き餌は?無駄になったの?いつまでも釣れないから多めに撒いたのに。きっと集まっている。もうすぐ釣れるはず。ホントに?でも。でも。でも。でも。

海は広大です。こんな海にしてみたら私の存在はとても小さいですね。こんな小さな私でも、選択肢一つで、大きな幸せを得ることができるかもしれません。パスカルの≪人は考える葦である≫。私は考えて、掴みましょう。無限の可能性を。

「あの、移動、お願いします。」

到着した磯は、確かに風の影になっており、波も高くありません。
私にとってここは最後に残った磯(みちしるべ)なのです。
嬉しいことに、頻繁にアタリがありました。そうです。それでいいのです。聖人の心のようなウキなど全く面白くありません。私は、俗物の精神のごとく、いろんなものにたなびく、そんなウキが大好きですよ。

そして……………………..。

ウキが沈みました。深く、深く、沈んで行きました。

私が合わせると。

来ました。この根がかりを思わせる重み、そして走る糸、異常なくらいに曲がる竿先。真っ白になる頭の中とは裏腹に研ぎ澄まされていく全身の感覚。そう、この「狩る」という行為が一番私らしくいれる時間。手と足は震えているのに、心臓はこんなにも暴れているのに、体が軽く、あぁ。。。
 
思わず呟いた言葉は。  「奇跡も魔法もあるんだよ」

本命の登場です。

 ≪次回 最終話 それはとっても嬉しいなって≫

posted by 望月

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