小丸島のオカヤドカリ

(Posted by S. Yamato)

2015年6月17日に畠島へ行ったときに、小丸島でオカヤドカリを一個体見つけた。たまたまそのときに、久保田信さんも同行されていたので、見せたところ、色があまり青くないのでナキオカヤドカリだろうということで、写真を撮った後は、元の場所に放した。そのときに、小丸島からの報告例はないだろうから、ちょっとした新発見だという意見もあったが、私自身は、畠島本島で以前にも見たことがあったので、特に珍しいものとは思えなかった。

その後、7月2日に再び訪れたときに、同じ場所で、隠れていそうなところを探してみると、何個体かが同時に見つかったので、先の個体が偶発的なものではなく、小丸島周辺には、それなりの個体がいるものと思われる。その中には、紫色のものもいたので、ムラサキオカヤドカリもいるようだ。

畠島でオカヤドカリが見つかることの意義は、第一には、白浜という場所が、南方系の海洋生物の地理的分布の端っこに当たっていることだろう。海流によって、南の方から幼生が運ばれて来るのだが、冬が寒いときには、越冬できずに、個体群としては、安定的なものではない。第二として、畠島がコンクリートの堤防などで囲まれずに、自然海岸のまま放置されていることも挙げられるだろう。自然海岸とは、オカヤドカリのような生物にとって、海と陸との接点が分断されていないことだろう。そして最後に、小丸島自体は、小さい島ながらも、陸上植物が生えた部分に、砂がたまった部分もあったりして、おそらくオカヤドカリが好むような生息環境が揃っているのだろう。

今後、冬の寒さを乗り切って、繁殖できるところまで成長するかどうかは、毎年の冬の気象条件よっても違ってくるだろうから、今後も畠島へ行くたびに、この場所の観察を継続したい。

オカヤドカリの昔の状況について、瀬戸臨海実験所の元所長の時岡隆先生が、1982年の白浜町誌「白浜の自然」に書かれているので、少し長いが引用してみたい。

 馬目の浜・番所山南側の井戸の谷など、番所崎の沿岸では、夏の夜に、カサカサと音をたてて叢を、ナキオカヤドカリが大きな貝殻をひきずっていた。実験所水族館で台風の後、淋しくなった水槽の補充が苦しい時など、船長こと雑賀弥之助さんがこのヤドカリを拾って来て、いくつかの空水槽を応急に充たされたことを覚えている。海岸道路ができ、それが舗装され、パラペットが築かれると、このヤドカリは陸への道を断たれ、以来ほとんど見ることがない。かって、御船山(1950年12月21日)で拾われたことがあり、畠島の西浜に続く叢でも(最近では1976年6~7月)見られたことがあったが、それも以前のことになってしまった。椿にもこのヤドカリの記録がある。

かつては、当たり前のように見つかっていたものが、わざわざ発見した日を記録に残すほどに、珍しくなっていたことが伺える。おそらく、和歌山県南部の、黒潮の影響を受けているところで、同じような状況が見られたのだろう。そして、人の手が及ばず、自然海岸が残っているところでは、今でもごく普通に見つかる場所もあるに違いない。だから、ある場所では、ものすごく珍しい生き物のように取り上げられるが、別の場所では、取り立てて大騒ぎをするような生物でもないことになる。

瀬戸臨海実験所周辺では、時岡先生の文章をはじめとして、京都大学の動物学教室に所属されていた今福さんや、それに実験所におられた田名瀬さん、そして最近になって、久保田さんの研究が立て続けに出て、多くの報告事例がある。また、白浜町の中の道路標識で、番所山の案内にオカヤドカリのロゴが表示されているように、最近ではオカヤドカリは番所山のシンボルになっているようだ。

オカヤドカリのことについて述べるときに、この動物が天然記念物に指定されていることが常に言及される。瀬戸臨海実験所の水族館で、昨年の夏前に改装オープンとなったときに、新しくオカヤドカリの展示を始めようということになったのだが、飼育の許可を得るのに結構な時間がかかって、オープン時には間に合わなかった。その一方で、沖縄辺りでは、当たり前のようにいて、天然記念物に指定される前から、ペット用に専門業者によって採集されていたこともあって、そのような許可された業者を通じて手に入れたものであれば、合法的に飼育もできる。そんなことが、水族館の説明には書いてある。

しかし、実験所の水族館で、なぜオカヤドカリを展示するのかを考えるときに、天然記念物だから飼育をしているのではないだろう。むしろ、実験所のすぐ前の番所山で見つかるものであり、上に述べたようなオカヤドカリの生物学的な特性があり、そして番所山の環境がいつまでもオカヤドカリが住み続けられる環境であってほしいと願うからだろう。

このところ、番所山では公園整備に始まって、大きな工事が続いている。番所山で、オカヤドカリがいつまでも見つかるかどうかは、そのような工事が環境に優しいかどうかの試金石となるだろう。

一方、畠島では、陸上部分での大きな改変があったわけではない。しかし、1970-80年代に、多くの海岸動物の種類が消滅していったことが、記録に残っている。その後、1990年代の後半から、いったん消滅した種類が、少しずつ復活してくる傾向が見られている。これは、田辺湾全体の水質などの環境条件の変遷とも対応している。今回のオカヤドカリの発見が、そのような田辺湾の生物相の変遷のひとつであったのかどうかは、興味が惹かれるところである。そういえば、同じく湾内にある田辺市の天神崎で、昨年、数十年ぶりにオカヤドカリが発見されたというニュースもあった。

小丸島のオカヤドカリ、当初は特に気にも留めなかったのだが、いろいろと考えることがありそうだ。

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