駒井先生のアンケート

by KM

 先日実験所の図書室で少し調べ物をしていたとき、偶然書架に「駒井卓先生を偲ぶ会」という小冊子を見つけました。

冊子の表紙です。

駒井卓先生(1886-1972)は瀬戸臨海実験所の監事及び所長を務められた先生で、生物学界ではショウジョウバエを使った遺伝学を本格的に日本へ導入した遺伝学者、というイメージが強いかもしれませんが、海産無脊椎動物の分類学・発生学の業績も多く、この分野だけで50編を超える論文に名を連ねられているとのことです。特に瀬戸臨海と関わりの深い業績として、刺胞動物鉢虫類イラモの新種記載(Komai, 1936)があります。

今も実験所にある「臨幸記念碑」除幕式の際の駒井先生(1930年)。

件の冊子は2001年5月発行となっており、1999年6月に北白川の駒井邸で開催された「偲ぶ会」の記録であり、おそらく会にも参加されていた同志社大学名誉教授の小林直正先生からの寄贈と思われます。
ちなみに会場の駒井邸は、著名な建築家ヴォーリズ設計の洋館で、京都市指定有形文化財に指定されており、現在は(公)日本ナショナルトラストが管理して、一般公開もされています

駒井邸外観。いわゆるアメリカン・スパニッシュ様式の洒落た洋館です。
駒井先生蔵書の一部。蔵書の整理には、時岡先生と小林先生があたられました。

前置きが長くなってしまいましたが、このたまたま手に取った小冊子に、今回のブログタイトルの「駒井先生のアンケート」が掲載されていました。
これは、ある出版社が著名な学者・教育者に「時代の第一線を切らんとする青年大衆はいかなる準備を必要とするか」というアンケート調査をしたのに対し、駒井先生がどう回答されたかを、駒井先生のご子息(養子)喜雄氏が「お礼の言葉」の中で紹介されたもので、喜雄氏曰く「駒井卓の生き方そのもの」とのことです。

以下に質問の内容と駒井先生の回答を採録します。

質問1.貴下が現在の職業に入られた理由もしくは動機。
回答1.外に能がありません事と生来動物学が好きなので選びました。

質問2.貴下関係の職業に進まんとする青年はとくに如何なる資格を必要とするか。
回答2.好きなことが何よりの資格です。それと財政的に苦しむことを厭わぬこともそれです。

質問3.貴下の職業で特に楽しいこと、特に苦しいことは如何なることか。
回答3.楽しいと思うことは研究そのものの中に無論ありますが外に人に空々しいお世辞を言わなくてよいこともうれしいことです。苦しいのは自分の才能の不足と不勉強とそのため良心に責められることです。

これを読んで感じることは人それぞれだと思いますが、私は特に回答3.の後半に感銘を受けました。駒井先生ほどの大学者にして、いや大学者だからこその謙虚さ。やっぱり自分はまだまだです。

この小冊子には、駒井先生の弟子で、駒井先生の分類学における正統的後継者を自負しておられた、実験所元所長の時岡隆先生の、参会者へのメッセージ(手紙)も掲載されていました。白浜水族館で現在開催中の「時岡隆生誕100年記念展」の準備の際に、様々な資料を調べ、ご遺族へのインタビューも行いましたが、それでは得られなかった情報がいくつかその中に記されており、時岡先生の最晩年の自書という意味でも貴重な資料です。これについては、また別の機会に紹介出来ればと思います。

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