パラパラ:頭足類の貝殻形成関連遺伝子が明かしてくれたパラドックスだらけのパラログ遺伝子の進化
Davin H. E. Setiamarga さん(和歌山高専 生物応用化学科 准教授)
2024年7月18日(木)16:30~
瀬戸臨海実験所講義室にて
頭足類(頭足動物綱)は約600種からなる軟体動物門の分類群であり、オウムガイ(オウムガイ亜綱)以外の鞘形亜綱のほぼ全ての現生種には貝殻が退化している。本発表では、貝殻の形成に重要な貝殻マトリックスタンパク質(SMPs)に注目し、軟体動物の貝殻が分子レベルで相同かどうかを検討する。従来の研究は腹足類や二枚貝に焦点を当てていたが、本研究では貝殻の退化や再獲得を示す頭足類のデータも解析に用いた。比較ゲノムや比較マルチオミクス解析の結果、軟体動物全体で保存されているSMPsは約10〜20%に過ぎないことが分かった。例えば、Pinctada属3種間で共有されているタンパク質は30個で、アコヤガイ(P. fucata)の総SMP数の約2割に相当する。貝殻が全くないムラサキダコ類と単系統な姉妹関係にあるカイダコ類には、オウムガイや絶滅種であるアンモナイトの貝殻に形が酷似し、カルサイトからなる「卵鞘」が存在することが分かった。卵鞘に含まれるタンパク質(卵鞘マトリックスタンパク質;EcMP)の特定と様々な軟体動物のSMPsとの比較解析を行った結果、一部のEcMPsが特定の軟体動物のSMPsと共有されていることが明らかになった。カイダコ類の卵鞘に含まれるマトリックスタンパク質(EcMPs)は貝殻亜門の約1割程度で共有されている。この結果から、カイダコ類における卵鞘形成は、複数の貝殻亜門のSMPsを再リクルートすると同時に、殻形成に関係のない多くのタンパク質をリクルートすることで獲得されたと考えられる。つまり、カイダコ類の卵鞘は収斂進化と反復進化によって出現したものと言える。この発見は、収斂進化によって再獲得された非相同の貝殻が分子レベルで相同器官同士が共有するタンパク質の数と大差ないことを示唆する。しかし、卵鞘も含む様々な軟体動物の貝殻で共有されているタンパク質の一部は、炭酸カルシウムの結晶化や細胞のハウスキーピング遺伝子に関わる基本的な遺伝子であることが分かった。分子進化解析から、これらの遺伝子が単系統の共通祖先由来ではなく、動物の系統ごとに異なるパラログを使用していることが明らかになった。したがって、軟体動物の貝殻は他人の空似であり、共有派生形質ではないという結論が示唆される。さらに、オウムガイの胚と成体に発現する貝殻形成関連遺伝子(SMPsや発生関連遺伝子)を対象に比較ゲノム解析を行った。オウムガイは直接発生し、胚の貝殻(プロトコンク;幼生殻)と成体の貝殻(テレオコンク;成体殻)に違いがない。これは、カキやアコヤガイなどその他の変態する軟体動物と異なり、オウムガイが独自の遺伝的メカニズムで貝殻を形成していることを示唆している。オウムガイの胚と成体での85種類のSMPsの発現を調査し、代表的な軟体動物と比較した結果、パラログの利用にいくつかのパラドックスが明らかになった。従来の遺伝子系統解析では、機能に対するパラログの選択が分類群ごとに独自に行われることが示唆されたが、マイクロシンテニー解析では系統解析で異なるパラログ遺伝子が実はおーソロガスであることが示唆される。これらの結果は矛盾するが、タンパク質のコアサブドメインの系統解析はマイクロシンテニーを支持し、機能関連の選択圧を示唆する。しかし、Ka/Ks解析では、コアなサブドメインに特別な選択圧がかかっていないことが分かった。このようにして、分子レベルでは、拡張された表現型とも言える軟体動物の形成とその進化に、未解明のパラドックスがまだ多く残っている。