貝の形態学-現生種と化石種を比較する
佐々木 猛智 准教授(東京大学総合研究博物館)
2013年8月8日(木)20:00~21:00
貝類は生物学と古生物学の両分野において主要な研究材料のひとつである。貝類は深海から陸上まであらゆる環境に適応しており、種数も多く、生物の研究においてこれを無視することはできない。一方、貝類は大形化石として最も多産する分類群であり、古生物学においてもやはり貝類を無視することはできない。このような生物は大形動物では貝類以外では稀である。例えば、昆虫は現在大繁栄しているが化石記録は乏しく、逆に恐竜のようにかつて繁栄した生物の多くは絶滅して現在では姿を見ることができない。
現生生物の場合、生命現象を理解するためには、遺伝子の機能を調べたり、生時の生態を観察したり、動物体を解剖して構造を調べることが重要になる。一方で、古生物では、これらの形質は通常は化石として保存されない。従って、古生物の生命現象を理解するためには、化石の細部の形態を手がかりに、現生種との比較から類推する手法がとられている。そのためは、現生種を用いて形と生命現象の関係性を調べる研究が欠かせない。
貝類の場合、化石を生物学的な視点から理解するための重要な形質として、筋肉痕、幼生殻、貝殻微細構造、成長線の4つが挙げられる。筋肉痕からは軟体部の器官の配置を推定することができ、幼生殻からは発生様式を推定することができ、貝殻微細構造からは系統分類上の位置を推定することができ、成長線からは貝の成長様式を推定することができる。このような限られた形質に注目することは、軟体部が保存されない状況で研究せざるを得ない古生物学の分野で始まった苦肉の策であるが、形と生命現象の関係性の情報は生物系の研究者にも参考になる点がある。4つの形質について、最近の研究例を紹介し、現生生物学と古生物学の将来像について考える。